歴史

本校の開校に至る経緯は昭和5年、昭和天皇の御大典を記念して、当時の宮城県知事牛塚虎太郎を宮城県仏教会長に、副会長 伊澤平左衛門、金山活牛、さらに各宗派の代表者を理事として宮城県仏教会が設立されました。

その宮城県仏教会の事業の一つとして、「仏教精神による女子教育」を企画し、その間、吉田つぎ女史の篤志寄付を受けました。吉田つぎ女史の寄付により、伊澤平左衛門氏を設立者として、昭和5年4月8日に当時の東三番町にあった東本願寺別院に仮校舎を設け、入学式を行いました。5月12日に木ノ下の地(木ノ下2丁目5番1号、当時は木ノ下73番地)で地鎮祭が行われ、以後この日が創立記念日となりました。校地を天平文化の東北の中心であった国分寺、薬師堂隣接に定め、伊澤平左衛門を設立代表者として吉田高等女学校が開校されました。

昭和5年:設立当時の本校舎

写真1(昭和5年:設立当時の本校舎)

写真1は当時の本校舎です。その後、昭和53年の宮城県沖地震により創立当時の木造校舎は取り壊されました。昭和37年~55年に順次建てられた鉄筋コンクリートの校舎(写真2の左側)も老朽化が進み、平成15年、現在の地に新校舎(薬師堂キャンパス・写真3)が建設されると同時に、太白区土手内に三神峯キャンパス(写真4)が開校しました。

昭和53年:手前右側の校舎が創立当時の木造校舎

写真2(昭和53年:手前右側の校舎が創立当時の木造校舎)

薬師堂キャンパス

写真3(薬師堂キャンパス)

三神峯キャンパス

写真4(三神峯キャンパス)

沿革

昭和4年 宮城県仏教会が仏教主義による高等女学校の設立を計画
昭和5年 吉田高等女学校開校
昭和11年 財団法人吉田高等女学校認可
昭和23年 新制高等学校を設置「聖和学園吉田高等学校」と改称、吉田中学校を併設
昭和26年 学校法人聖和学園設立認可
昭和53年 創立時建設の高等学校木造校舎解体
昭和54年 中学校廃校
昭和55年 創立50周年記念式典挙行並びに講堂兼体育館及び管理棟落慶式
昭和61年 校名を聖和学園高等学校と改名
平成2年 創立60周年記念式典
平成3年 茶道教室“松栄庵”新設
平成15年 薬師堂キャンパス竣工、三神峯キャンパス竣工、男女共学制開始、5コース制導入
平成18年 全コース男女共学
平成22年 創立80周年記念式典